真っ青に晴れ渡った天気の良い日だった。
このまま家に居て、溜まってきた洗濯物を一気に洗いたくなるくらい見事に晴れていた。天気につられるようにどこか弾んだ気持ちで、私は洋服を選び始めた。
こんなに晴れているのだから、このくらい薄くても寒くないかもしれない。クローゼットの中からなけなしの洋服を次々に引っ張り出しては、鏡の前で当ててみる。
洋服の量は少ないが、センスなら同年代の女性たちには絶対に負けない自信がある。流行物からオードソックスなものまで一通りは揃えてあるから、着回しだって十分にきく。
私は着ていく洋服を散々迷って決め、バッグから携帯を取り出した。
あの日――修二さんと喧嘩をした――次の日の朝に、彼は朝一で電話をしてきてくれた。
「昨日は本当にすまなかった。怒ってるよな……、ごめん。僕、なんか変なこと勘ぐって侑子のこと傷つけて、本当に悪かった。忘れてほしいけど、無理だよなぁ……」
本当に済まなそうに謝る修二さんの声を聞きながら、私は半場信じられない思いでいた。
いったいどこまでお人好しなのだろう、この人は。
それが私の正直な感想だった。
「いいのよ、私こそ誤解されるようなもの持ってて、ごめん」
自分の言葉が見えない針となってチクリと胸に刺さった。
「いや、悪いのは僕の方だから。そうだ、侑子あの後どうやって帰ったんだ? 終電は終わっちゃってたよな」
「マンションの前でタクシーに待っててもらってたから、それで家まで」
「じゃあ次に会うときにタクシー代渡すよ。え、いやそれじゃ僕の気が済まないよ。家まで送ってもらった上にタクシー代まで全部もってもらうなんて」
「わかったわ。じゃあ次に会ったときにでも」
ベッドに座って話しているため、私の視界には嫌でもゴミ箱に捨てた恭介さんのメモが目に入った。
電話の向こうで修二さんが、自嘲気味に苦笑した。
「実はすごい二日酔いでさ。いったいどれだけ飲んだんだ、僕は」
耳からは修二さんの声を聞き、目では恭介さんの字を見ている自分は、どちらにも裏切り行為を働いている気がする。
暗い自己嫌悪の雲が私の中でぐるぐる周りながら、大きくなっていく。
まだ話したそうにしている修二さんの言葉を遮るように、沸かしていたヤカンがけたたましく鳴り響き、私はそれをきっかけに電話を切った。
そして今日は修二さんとブライダル場に行くことになっているのだ。
行けばきっと恭介さんにも会うことになるだろう。本当は行きたくないのだが、新婦になる人間が打ち合わせに行かないわけにもいかない。
渋々行くことになったはずなのに、不思議にも私は鼻歌を歌いたくなるくらい弾んでいるのだ。
この清々しい天気のせいかもしれないし、違うかもしれない。けれど私はあえて原因を追及して墓穴を掘るほど馬鹿じゃない。
自分の気持ちだって、時には知らなくていいことがあるはずだ。
急に携帯のバイブが手の中で響き、私は思わず飛び上がりそうになった。
慌てて開いてみると、修二さんからのメールがきていた。どうやら十一時にマンションの前まで車で迎えに来てくれるらしい。ブライダル場の近くに駐車場がないから、といつもは電車で行くのにわざわざ車で迎えに来るということは、その後にどこかに行こうということかもしれない。
私はジュエリーボックスに大切にしまってあった指輪を取り出し、しっかりと指にはめた。
ダイヤモンドが溢れんばかりのまばゆい光りを放っていた。
十一時きっかりにマンションの前に修二さんの車が止まった。
すっかり準備を整えて修二さんの到着を待っていた私は、急いでエレベーターで下に降り、修二さんの元へと向かう。ちょうど車から降りた修二さんと目が合い、私はにっこり笑って駆け寄った。
安心したように修二さんも笑い返す。二人の間の空気がいつものようにほんわりと和んだ気がした。
「してくれてるんだ、それ」
車に乗り込んだと同時に、修二さんが私の指をさして言った。
「うん、サイズぴったりよ。私、指輪のサイズ教えたことあった?」
「前に宝石店に行ったときに、一緒に測っただろ。その時のを覚えてたってわけさ」
「でもあれって、結構前よね。しかも全然聞いてなさそうだったのに」
私が茶化すように笑うと、修二さんは照れくさそうに前を向き直りエンジンをかけた。
アメリカ産の乗用車。外車は外車でもベンツやポルシェのように嫌味な車を選ばないところが、なんとも修二さんらしい。
ハンドルも右だし、ぱっと見では外車だとは気づかないかもしれない。
道路は休日のわりには空いていて、私たちは予定より早くブライダル場に着くことができた。道よりも駐車場を探す方に手間取ったくらいだ。
ブライダル場に比較的近い駐車場に車を停め、私たちはそこから歩いて向かった。お洒落な造りのブライダル場のゲートを並んでくぐる。
二人の距離はほとんどないのに、私たちは手を繋いで歩いたことがなかった。いつも触れそうでぶつからない程度の距離がそこにある。
私は特に気にしたことはないが、修二さんがそういう「いかにも」というのを望んでいるのは前から薄々気づいていた。
私は一呼吸を入れてから、さり気なく修二さんの手に自分の手をするりと滑り込ませた。
修二さんはびっくりした表情で私を見た。そしてそれはすぐに喜色へと変わっていく。
これでどこからどう見ても仲の良い婚約者だろう。私はそのことに満足感を覚えながら、待ちかまえていたようにドアを開いた担当の人に微笑みを向けた。