小さな窓の外には、世界がどこまでも広がっていた。
部屋が風の中に浮かんでいるような、手を伸ばせば雲だって掴めてしまいそうな、自由で開放的な空間だった。
地上を見下ろすと、そのまま吸い込まれてしまいそうなくらい高い塔で、彼女はベッドに腰を掛けて、窓の外を見ていた。
小窓から見える切り取られた風景に憧れて、何度、窓から落ちそうになったかわからない。
おもむろに立ち上がると、彼女――サティアは鏡に自分の顔を映した。
寝癖ではねてしまった髪をブラシでとかしながら、深いため息をつく。
開け放した窓から春風が吹き込んで、真っ白なレースのカーテンをふくらませている。
サティアは、ちらりと窓の外を見やると、もう一度ため息をついた。顔からこぼれ落ちそうなくらい大きいコバルトブルーの瞳が、静かに潤んでいく。
サティアは、きれいに梳かした髪をくるりと結い上げ、ピンを使ってまとめていった。
さらさらと零れ落ちた栗色の髪が、うなじへと流れるように落ちていく。
「そろそろ、ね……」
サティアが呟いてから間もなく、高い塔にただ一つだけ取り付けられた螺旋階段を上る靴の音が響いてきた。
カツコツとその音が響く度に、サティアの表情は暗くなっていった。
あと十段、あと五段、あと一段……。
サティアが零をカウントしたと同時に、宝石が散りばめられた木製のドアがノックされた。
「こんにちわ、サティア」
「ええ、こんにちわフォルト」
ドア越しに朝の会話をする二人の間は、近いようでもの凄く遠かった。
「もう用意は出来たかい?」
「ごめんなさい、まだ着替えていないの。少し待って頂ける?」
「ああ、もちろんさ」
紳士的なフォルトは、サティアが招き入れない限り、絶対に部屋に入ってこない。
サティアはそれを見越して、わざとゆっくり着替え始めた。
部屋を埋め尽くさんばかりに溢れかえった、散々と輝くきらびやかなドレスたち。
鏡台の上のジュエリーボックスからは、競い合うかのように宝石がまばゆい光を放っていた。
どこから見ても何不自由ない暮らし。
サティアは生まれた時から、欲しいものなんてなかった。欲しいと言う前に、それらの物は全てサティアの手の中にあったのだ。
唯一、自由という宝物だけは終ぞ手に入れることが出来なかったが……。
うつむきがちに着替えるサティアの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。その涙でさえもこの部屋では、輝く宝石になってしまいそうだ。
ドレスに着替え終わったサティアは、窓辺に腰を掛けた。
「大丈夫? いつもより時間が掛かっているみたいだけど」
ドアの外ではフォルトの心配そうな声が聞こえてくるが、今のサティアには彼の期待に応える笑顔は出来そうになかった。
今では、彼の想いがサティアに向けられているものなのか、サティアのバックにそびえ立つ財産に向けられているのか、わからなかった。
「どっちでも同じこと。私はオリに閉じこめられた小さな猛獣なのだから」
独り言のように呟いたサティアは、鏡に向かって涙の跡を拭き、完成された笑顔を作ってドアを開けた。
「どうぞ、入って。お待たせしてごめんなさい。どれを付けようか迷ってしまって」
サティアはそう言って、小さな宝石のついたネックレスをしゃらっと揺らしてみせた。
「どれ付けてあげよう」
手慣れた手つきでネックレスをつけると、フォルトは人の良さそうな微笑みを浮かべた。
「うん、とても素敵だ。さあ、それじゃあ行こう」
サティアの細い指を、フォルトの指が絡め取った。
「ねえ、フォルト。お願いがあるの」
サティアの綺麗な瞳が、形の良い唇がそう囁く。
「何だい?」
「目をつぶって」
初めて自分に頼み事をしたサティアに、フォルトは嬉しそうに目をつぶった。
背の高いフォルトに、サティアは少し背伸びをすると、ゆっくりと自分の唇を重ねた。フォルトが驚いて目を開いた瞬間に、サティアはもう身を翻して彼から走り去っていった。
「あっ!」
フォルトがそう声を上げたと同時に、サティアの体が宙に浮いた。
サティアはフォルトから離れると、そのまま窓の外に飛び出したのだ。風に飲まれて、薄いピンク色のドレスが、サティアを包み込むように翻った。
ふわり、ひらりと……。
窓の向こうの自由で、開放的な風の中に――。