ウェディングドレスグドレスを前に、幸せな気持ちにならない女性はいない。
美容院かどこかで読んだ雑誌に載っていた言葉だ。
私はブライダルのショーウインドウから無理やり視線を引きはがした。
どんな理由があっても、理屈を並べても、女性なら綺麗なものに目がいかない人はいないだろう。それが宝石だったり、服だったり、男だったりするだけだ。
道路を挟んで立ち並んでいる並木道は、カフェからブライダルから様々な種類の店が軒を連ねていた。
春の昼下がり、この道はどこかのんびりとした空気に包まれている。時々近くの会社のOLたちが、財布を片手に繰り出してくる以外は、静かなものだ。
ウェディングドレスは幸せを形にしたもの――。
そう、そうに違いないはずなのだが。
「どうかな、似合ってる?」
そんなこと訊くまでもなかった。ウェディングドレスに身を包んだ自分を鏡に映したとき、思わず自分でもため息をついたほどだ。
「……あ、あぁ。すごく綺麗だ」
彼は気を抜かれてしまった人形のような目で、うっとりと私を見つめた。
その反応は私の想像した通りだったが、それでもやはりフィアンセにこう言ってもらえるのは、それだけで幸せな気分になるものだった。
私は少しはにかんでお礼を言った。
座っていた彼はまだどこか虚ろな様子で椅子から立ち上がると、私を抱きしめようとして止めた。
「いや、今は止めておこう。お楽しみは本番に取っておかないと」
少し残念な気もしたが、私以上に残念そうな表情を浮かべて再び椅子に座り直した彼を見たら、つい可笑しくなってしまった。
「おいおい、そこで笑わないでくれよ。僕、そんなに情けない顔をしてる?」
私は返事をするかわりに笑いながら近くにあった手鏡を彼に渡した。
「それじゃあ、私は汚さないうちに着替えてくるわね」
くるりと向きを変えた私の背に、彼の苦笑混じりの声が届いた。
「確かにこれは情けない。……格好悪いとこ、見られちゃったな」
係の人に脱がせてもらったドレスを見ながら、私は幸せを包むようにそれをたたんだ。
正直、もう少し着ていたかったが、これ以上着ていると彼ではないが鏡に映る自分の顔が情けなく緩んでしまいそうだった。
しわにならないように丁寧に伸ばしながらたたむ。元々、服を扱う仕事をしているので、この点で困ったことはない。ウェディングドレスだろうが、カクテルドレスだろうが、たたみ方なんてどれも一緒だろう。
……甘かった。
一人でできますからと言って、係の人を帰してしまったことをいまさら後悔した。だが自分でやると言った手前、今から係の人に来てもらうのも癪にさわる。
私は小さく息を吸った。
意地でも綺麗にたたんでやると意気込んだところで、実際に動いている手の方は全く期待に応えてくれない。
もう一度深呼吸をしようと息を吸い込んだとき、ふと強い視線を感じて私はドアの方を振り返った。
そこには係の人なのか客なのか判断に迷うような男が、こちらを楽しそうに眺めていた。
その余りにも不躾な視線に、思わず警戒心が沸く。
「あの、何か?」
「いや、別になんでもありません。ただ一人で出来るのかな、ってね」
丁寧語とタメ語を混ぜて使っているせいで、職業ばかりか年齢まで読めない。何となく年下のような気もするが、童顔なだけで実は年上かもしれない。
「できます」
「そうですか、それは失礼」
その男は、慇懃無礼なほど丁寧に頭を下げたくせに一向にそこから動こうとしない。
私は気にせずに自分の手元に目を戻した。誤魔化すように適当にたたむふりをするが、彼の視線が手に集中しているようで、さっき以上に集中できない。
ドレスを触る手にじわりと汗が滲んだ。