ウェディングドレスの飾ってあるショーウインドウから離れると、私は行く当てもなく並木道沿いに歩いた。
こんなにのんびり歩いたのは、ずいぶんひさしぶりな気がする。
普段ならこの道は通勤に使うため、ひたすら足を速めて通り過ぎるだけだが、今日は時間を気にしなくていい。ゆっくり歩くと、毎日使っていた道でどれだけもったいないことをしていたかに気づかされた。
駅からオフィスまでは、この並木道をひたすら直進。もうちょっと短くならないものかと思っていたが、いま思えばもっと長くてもいいくらいだ。
カフェはどの店も雰囲気と個性があり、ブティックは競い合うように飾ってある。ライバル店の視察をしてみるのもいいかもしれない、と私は目に止まった店に入ってみた。
誰でも知っている高級ブランドが、ずらりと並べられている。私は品定めをするように一つの服を手に取ると、生地の手触りやら光沢やらを念入りにチェックした。
思わず自分の作る服と比べて、嘆息をつく。
私のため息を値段によるものと思ったのか、店員が声を掛けてきた。
「そちらの服は、昨日入ったばかりの新作ですよ。まだ街でも見かけたことがないでしょう。今の季節だけでなく初夏や秋も着られますし、コートを着れば冬でも着られますよ。いかがです、試着されてみます?」
ぺらぺらと信じられないくらい早く回る舌で迫ってくる店員をさらりとかわしながら、私は逃げるように店を出た。
店から少し歩いたところで足を止め、落ち込むのを覚悟で財布を開いてみた。
一着の値段と財布の中身は、ゼロの数が違った。
いずれデザイナーになれば、自分の作った服がああいう店で売られ、ああいう店で買い物をするようになるのだろうか。
それはきっとこの並木道みたいに果てしなく長い。思わずうんざりしてきて、私は慌てて頭を振った。
それにしてもこの通りの店は、どうしてこんなに格式高いのだろう。どの店も、入り口にはドアマンのようなことをしているが、ガードマンの目をした人が出入りする客を検査している。店の中に入ったらはいったで、今度は店員たちが目を光らせて獲物を狙っている。
これでは気軽に入れないじゃないか。
手に滲んだ汗がドレスに染みないように、そろそろと手の位置をずらす。
「まだ何か? 見られてるとやりにくいんですけど」
男の視線に堪えきれなくなった私が顔をあげると、驚くくらい近くに男の顔があった。
「見てるうちにじれったくなってきてね。たためないくせに意地になってるから、つい」
男は口の端をニヤッと持ち上げ、私からドレスを盗った。
ドレスを奪われて手持ちぶさたになった私は、仕方なく口を開いた。
「つい、なんですか? ……それよりあなた、ここの人なの?」
「まあ、一応ここの人。今日は、御試着か何かで」
「ええ」
私は室内を適当に歩いて、桃色のウェディングドレスを着たマネキンを見ながら答えた。
「恋人に見せるために?」
思わず男を凝視した私の視線などおかまいなし、慣れた手つきでドレスをたたんでいく。
「そうよ。自分でもなかなかだと思ったけど、彼すごく喜んでくれたわ」
「それはそれは。はい、出来ましたよ」
そう言うと、男は綺麗にたたんだドレスを私のところに持ってきた。
癪に障るものの、それを渋々受け取る。
「それでは私はこれで」
「あ、ちょっと待って」
ドアに手をかけて部屋を出て行こうとする男を私は慌てて呼び止めた。
くるりと向きを変えて私を見る男の目が、呼び止められることがわかっていたと言わんばかりに笑っていた。
「いえ、何でもないわ」
私の顔を満足そうに見てから、男はドアの外に消えていった。
なんか無性に腹が立った。それがあの男の嫌味な笑い方からくるものなのか、ドレスをたためなかった自分に対してなのかは、分からなかったが。
綺麗にたたんだドレスを係の人に返していると、待ちきれなくなったのか、彼が向こうから歩いてくるのが見えた。
「ずいぶんゆっくり着替えてたんだな」
「待たせてごめん。脱ぐのが惜しくなっちゃって」
「じゃあ本番のお色直しはなしにするかな」
冗談っぽく言う彼を軽く睨みながらも、私はどこかさっきの男のことが気になっていた。